なんでもないこと、みーっけた

飽きずに綴っていけたらいいな

ミュージカル『ミス』ストーリー覚書

 舞台は第7代国王である世祖が国を治めていた15世紀の李氏朝鮮。世祖が自身の甥である端宗を死に追いやった場面より、物語の幕が開く。世祖は甥である第6代国王端宗に退位を強い、王座に着いたのであった。

 その世祖の孫である者乙山君は、世祖とは違い大変穏やかで、詩と風流を好む青年だった。遠く離れた山に住む幼馴染ミスのことをいつも気にかけていて、宮廷がある漢陽に来ないかと手紙を送っているが、何度も断られている様子。共にいられたらどれ程いいだろうか。そう、ミスからの手紙に視線を落としながら物思いにふける者乙山君だが、その願いは叶わないまま手紙でだけ交流を続ける日々が続いていた。そんなある日、者乙山君の元に世祖がやってくる。李氏朝鮮が滅ぶと謳っている預言書の作者、そしてその預言書の中で李氏朝鮮を滅亡に導くと言及されている<正道令>という人物を探せという命令とともに。

 ミスに協力を募ろうと、山を訪ねていく者乙山君。しかしミスがいるはずのその場所にいたのは、自分の記憶にある小さな可愛い女の子だったミスではなく、立派に成長して男物の服に身を包むミスの姿だった。とりわけ小さな子だったから大きくなりますようにとは願ったが、ここまで大きくなるとは……と驚く者乙山君を不審がるミスは、何故男物の服を着ているのかと聞かれ、男だからに決まっていると返す。そして、姉であるミスに会いに来たようだが姉はしばらく帰らない、と者乙山君に伝えるのだった。しかしミスの弟を名乗るその男は、者乙山君の記憶に残る〈ミス〉の面影がある。それもそのはずで、ミスに弟など存在せず、紛れもなくミス本人だった。やや不思議に思いながらも、友人ミスの弟なら自分にとっても弟のようなものだ、と受け入れる者乙山君。ミスは突然訪ねて来たその男が者乙山君と知り、驚くのだった。

 会えない間も者乙山君がミスのことを想い続けていたのと同様に、実はミスも山で暮らしながら者乙山君からの手紙を何度も読み返し、一緒に過ごせたらどれほどいいだろうかと想い続けていた。それにも関わらず、ミスの弟として者乙山君に接するミス。者乙は〈長年想ってきた友人であるミスの弟〉相手に、ミスとの幼い頃の思い出を語り始める。泣いていたら絵も描いてあげ、手がベタベタになるほど梅雀菓(韓菓)を握らせてあげたこと。そして、君を守る木になると伝えると、私はあなたを包む風になりますと答えてくれたという幼い頃のミスの話。想い出のお守りを大事そうに見つめる者乙山君の後ろで、ミスもまた、隠し持っていたお揃いのお守りを見つめるのだった。しかし自らの正体を明かすことのできないミスは者乙山君に気づかれる前にそのお守りを袖に仕舞い、素知らぬ顔をしたまま、姉を訪ねてきた用件は何かと者乙山君に問う。要件を話し始める者乙山君。それは、預言書で言及されている正道令なる人物を一緒に探してくれというものだった。世祖からの命を受けて探すことになったのだと話す者乙山君に、どれだけ危険なことかわかっているのかとミスは問うが、者乙山君は気にかけていない様子。その上、預言書の内容を書き換えてミスの名前で再度広めることで、本物の作者、そして正道令を誘き寄せるという提案だった。姉を巻き込むなとミスは断ろうとするも、者乙山君の強引さに結局は折れ、協力することとなる。ミスは人々の動向を探るのだった。

 一方世祖は、それまで死に追いやってきた人間の亡霊につきまとわれている。弟である安平大君、甥である端宗、甥の妻である敬恵公主、そして臣下たち。しかし世祖は、自分の犯した暴虐の数々を平然と正当化するのであった。

 度々訪ねてくる者乙山君のことを、人知れず心待ちにしているミス。泣いている声が悲しすぎて聞くのが辛いと手を握ってくれた幼い頃の者乙山君。自分にとってはこの生きている時間さえも贅沢だったのだろうかと自問自答しながらも、多くは望まず、ただ者乙山君の手をもう一度握りたい、そんなささやかな願いを抱いている。しかしそれも難しいならと、来世でまた出会えることを祈るのだった。そんなミスの想いなど知るはずもない者乙山君だが、ミスの弟を名乗るその男が隠している秘密に違和感を抱き始めていた。そんなはずはない、とミスの顔をまじまじと見つめる者乙山君。しかし打ち消すように首を振り、進展がないことへの焦りを見せる。それほど気が急いているのなら、と口を開くミスに、一緒に漢陽に行こう、と話す者乙山君。ミスは溜息を吐きながら、ひとりで帰ってくださいと促す。わずかに沈黙が降りたあと、ミスは者乙山君に、正道令を探し出してどうするつもりなのかと尋ねた。正道令と一緒に力を合わせればよりよい国を作ることができる、そう言った世祖の言葉を信じている者乙山君はその言葉をミスに伝えるが、ミスは首を振り、続けるのだった。

「正道令と、関連のある人間はすべて死ぬことになります。それでも探すのですか?」

「偽られた者の前では世界はただ偽りで溢れているものだが、真実の者の前では世界はただ真実で満たされているものだ」

「疑うことを知らない者の前に置かれるのは、作られた真実のみです」

「私は人を信じる。殿下を信じ、ミスを信じ、そしてお前を信じている。ゆえに私が疑わなければならない理由がわからないな」

「何も知らない人間は愚か者だが、知らないふりをする人間はただの卑怯者です」

「あの本は分裂を産む。分裂の混乱を産むだろう。分裂を治めて合わせることができたなら、よりよい世界を作ることができるではないか」

「分裂を治める方法は他にもあります。分裂を起こす者を殺すのです。王は既にそうなさったではありませんか」

「祖父はこの国を正すために行ったのだ。私は祖父が私にかけてくれた言葉を信じている」

「何も知らない人間は愚か者だが、知らないふりをする人間はただの卑怯者です」

 冷たく言い放つミスに、者乙山君は何も答えない。

「どうして姉を探しに来られたんですか」

「友だからだ」

「友はもう去ったと申し上げました。何故まだここに留まっていらっしゃるのですか」

「留まっているのではない、待っているのだ」

「本当にそれだけですか」

「私もひとつ尋ねよう。何故ミスを待ってはいけないんだ。何故ミスを訪ねるための別の理由が必要なんだ」

 その言葉に、ミスが答えることはなかった。

「本当にお前は秘密が多いな」

「あなたがどれだけ目を背けても、王は正道令を生かしておく人間ではありません。私が聞きたいのは……お前は正道令を生かす人間なのか、それだけだ」

 そう言い残し、去っていくミス。同じ頃、者乙山君の元に矢文が届く。従わない者を殺戮する畜生の姿が見えないのかと、兄弟を殺してその王座についた非道さが理解できないのかと、世祖の悪行を訴えるものだった。祖父がそうしていなければ国は更なる混乱に陥っていたはずだ、と自分に言い聞かせるように首を振り、再びミスの元を訪れる。祖父が王になるために多くの人を殺したと言うのだなと問う者乙山君にミスは、何事にもそれぞれの視点があるだけです、と話す。嘘である可能性はないのかと問う者乙山君に、あなたが忘れれば嘘になります、と返すミス。どうするべきかと問う。私の考えが何の関係があるのかとミスは返すが、もし君がミスであればどう思うだろうか考えて代わりに答えてほしいと、請う者乙山君。

「他人の言葉に揺らぐことなく、悪行を働かず、正義に反すことは行わず、善良を追い求めていけばいいのではないでしょうか」

 その言葉を重く受け止めた者乙山君は、祖父の元に行かなくてはいけないと、ミスの元をたつ。届いた矢文を見せれば何かしら答えてくれるはずだ、と。自分を大事に育ててくれた祖父がそんなことをするはずはないと信じたい一方で、宮廷に戻った者乙山君が目を通す文献から浮かび上がるのは、祖父の暴挙を裏付けるようなものばかりであった。幼い頃に交わしたミスとの会話が思い浮かぶ者乙山君。

「今日、母が私を迎えに来ました。自分が誰なのかずっと気になっていたんですが……。王より名前も頂いたのです。私はミス。否定の未に、命を意味する寿と書いてミス」

「いまだ存在していない命、という意味か……」

「……」

「私は最近、美しいという意味のミを習ったんだ。美に寿と書いて、ミス。その方が君にはふさわしいと思う。美しい人という意味だ」

「美寿……本当にそう呼んでくれますか?」

「ああ、たくさん呼んであげなければな。美寿……」

 素直に喜んでいた幼い頃のミスを思い浮かべながら、複雑な想いに涙する者乙山君。

「実は私にも者乙山君ではない本当の名前があるんだ。教えようか?」

「はい、教えてください」

 そこへ、者乙山君の本名である「アム」を呼びながら現れる世祖。今まで一度も疑ったこともなかった祖父への疑惑。そんなはずはないと震えながら耳にした疑惑について問う者乙山君だったが、その願いとは裏腹に、返ってきたのは肯定だった。

「昔、好きだった友がいました。その友はある日突然宮廷から連れ出され、二度と顔を見ることができませんでした。どんな願いでも聞いてくれたお祖父様が唯一聞いてくれなかった望み、それがあの子を宮廷に戻してほしいというものでした。あの子は一体、誰なのですか」

「敬恵公主の息子、つまり逆賊の息子だ。名前はチョン・ミス」

 苦し気に目を閉じる者乙山君。

「生まれてくる子供が女なら宮廷に入れて男なら殺すと話したら、女の服を着せて宮廷に隠しておった」

 そう冷たく笑う世祖は者乙山君に、その男が正道令だったのか、と問う。者乙山君は、自分が、そしてミスが置かれている状況に気づき、項垂れることしかできなかった。同じ頃、ミスは幼い頃に身に付けていたかんざしを発見する。覚悟を決めるミス。自分が<ミス>である証を持って、宮廷のある漢陽に向かうのだった。

 そして、漢陽。突然現れ自分に刃を向けるミスに対して、世祖は動揺することもない。逆に、自分を殺せば先程まで一緒にいた者乙山君が一番に疑われるだろうとミスを脅すのだった。世祖に向けていた刃物を下ろすミス。この命はどうなってもいいから者乙だけは助けて欲しいと懇願するミスだが、世祖は無慈悲に続ける。逆賊である正道令を捕える命を受けた者乙山君が、逆賊を捕らえられなかったらどうなると思うのか。もしも逆賊を見逃したとなると、どうなると思うのか。そう淡々と話す世祖にミスは、どっちにせよ私に選択肢などありません、と続ける。私が去れば、アムは逆賊を取り逃がしたことになり、私がここで死ねば、アムは逆賊と内通していたことになる。そう項垂れるミスに世祖は、死ぬ場所くらいは選べるではないかと返す。つまり、逆賊として者乙山君の手にかかって死ぬことで、者乙山君を助けられるというのだ。

「どうしてもアムの手に私の血を塗りたいのですね」

「アムに生かされた命なら、アムの手で死ぬのが幸せではないのか」

 冷たく言い放つ世祖を前に、アムを守らなければ、とミスはその場を去っていくのであった。

 者乙山君が美しいと思って幸せに生きてきた世界は、様々な犠牲の上に成り立っている血濡れた現実だった。自分がどれほど現実が見えていなかったのか、自分の理想の世界がどれだけ独りよがりなものだったのか、その事実を目の当たりにして苦しむ者乙山君。逆賊の息子であるミスだ。それまで漢陽へ何度誘っても応じなかったのは、来なかったのではなく、来ることができなかったのである。そして正道令の正体がミスであるならば、者乙山君は自らの手で逆賊であるミスを捕えに行ったも同様だ。自分とミスが過ごした時間そのものが、自分の存在自体が罠になってしまったことを泣きながら嘆く者乙山君。親を死に追いやられ息を潜めてひとり生きるしかなかった壮絶な境遇を知ることもなく、自分の元を去っていくミスを引き留められなかったと、ひとり泣いていただろうミスを抱きしめられなかったと、自責する。そして、ミスの正体を誰にも明かさせず、絶対に守り切ると決意するのだった。しかしそんな者乙山君の決意とは裏腹に、穏やかな顔で現れるミス。手には思い出のお守りを持って。者乙山君はミスが逆賊として捕えられることを恐れてすぐに山に帰るように促すが、「山に戻って、何もなかったように過ごせばいいのか?」と返すミスに、何も言えなかった。続けてミスは「ここに来れば大変なことになるとでも思っていたけど、実際に来てみたら何てことないな」と笑う。そして微笑みながら幼い頃の思い出を語り始めるミスに、者乙山君は涙を堪えながら頷くのだった。

――ひとり寂しく泣いていた私の元に現れて一緒に泣いてくれた君

――消えてしまいたかった私に日差しの中を歩かせてくれた私の空

 そう穏やかに話すミスに、無理に笑顔を作って返す者乙山君。

――ひとり寂しく歩いていた宮殿 隠れていた君

――辛い日々を送りながらひとり泣いていた私の光

――風になって私を守ると言ってくれた君

 長い月日を経て再び<ミス>と<アム>として向き合うことのできたふたり。思い出に浸りながら幸せそうに微笑むミスに、涙が流れ落ちながらも無理に笑顔を作る者乙山君。しかしそんな穏やかな時間も、そう長くは続かなかった。

 正道令は私だ。矢文を送ったのも。そう告げるミスの口を覆い、すべてわかっている、と話を遮る者乙山君。しかしあれは乱を起こそうとする人間が書いたものではない、乱を起こす可能性のある人間を捕まえるために作られた禁書だったのだと続けた。そこへ、逆賊を捕えたことを称える世祖が現れる。ミスは正道令ではないと訴える者乙山君だったが、ミスは自分の死でお前を救おうとしているのにお前は小さな決心すらやり遂げられないのかと責める世祖。お前は本当に秘密が多いな、とミスを横目で見ながらも、ミスを庇う手はそのままだった。元からお前が尋ねて行かなければミスは今も山で静かに暮らしていただろうに、お前が尋ねて行ったことでその男が正道令になったのだとミスに視線を送る世祖に、ミスが正道令になりえるはずはないと者乙山君は訴える。しかし、世祖にとってはミスはただの駒のひとつであり、者乙山君が王の資質があるかどうかを確かめるためのひとつの道具に過ぎないのであった。実際に正道令かどうかなどどうでもいいのだと告げられた者乙山君は、ミスを殺すように促されるが、私が生きている限りはミスの血を見ることはありませんと世祖に訴える。そしてミスを逆賊にするのなら、自分も死にますと続けるのだった。

「ひとりふたりの犠牲で数多くの民を救えるというのに、数多くの民を見ないふりをするのか」

「ミスさえ救えない私がどうやって多くの民を救えるというのです。私にとってはミスが民です」

 しかし世祖が者乙山君の訴えを聞き入れるはずもなく、ミスを殺そうとする。そんな世祖と対峙しようとするミス、ミスを守ろうとする者乙山君。一触即発の状況だったが、ついにミスが動く。

「新たに陽が昇るためには、必ず陽は沈まねばなりません。殿下と私、共に消えるのはいかがでしょうか」

 そう言い放ち、世祖に向かって刃物を突き刺そうとしたミスだったが、世祖を庇った者乙山君を差してしまう。腹を刺され、崩れ落ちる者乙山君。泣き叫ぶミスの声も、縋る世祖の声も、既に者乙には届いていなかった。

 

 そして数ヶ月後。脇腹を刺され命が危ういと思われ者乙山君だったが、何とか一命を取り留め、傷はまだ痛むものの無事に回復。その日がやってくる。大きなあくびと共に目覚めた者乙山君は、いそいそと出かける準備を済ませ、ひとり山に住んでいるミスの元へ向かうのだった。一輪の花を持って。手紙で再会の日を決めていたのか、ミスもまた嬉しそうに者乙からの手紙を読みながら歩いている。そして長い道のりを歩いてきた者乙山君と、再会。来たのか?と笑顔で聞くミスに対して者乙山君も一瞬笑顔になったものの、すぐにその表情に影を落とした。表情の変化を疑問に思うミスだったが、周囲を見渡してすぐに察し、「悪いと思わなくていい」と告げる。ミスをこんな寂しい山にひとり残してしまったことに対して、者乙山君は心を痛めているのだった。微笑むミスに、者乙山君は取り繕うように「君も悪いと思わなくていい」と返す。王を刺すなんて大罪を犯したが、と冗談混じりに続ける者乙山君に、ミスも再び笑いながら「そうだ、私が逆賊だ!」と脇腹を掴もうとしたりとふざけ合うのだった。

 そしてミスは者乙山君に、王になるのかと問う。逆賊を匿っておいて王になるなんて簡単ではないだろうに、と。

「王は幸せだと思ってた。私をこんなところに閉じ込めて置いて、王は幸せなんだと思ってた。でも、今思えば、そういうわけでもないんだな」

 者乙山君を見ながら、眉を下げてミスは笑う。

「王になろうと王になるまいと、お前が幸せだったらいいなと思う。どうせなら長生きしてくれたらもっといい」

「言われなくてもそのつもりだ」

 涙を拭い、わざとらしく堂々とした口調で者乙山君はそう答えた。そして、もう二度と目を背けることなく、道理の通った世界を作るために王になるのだと続ける。

「お前は全てを忘れて生きろ。良いことだけを考えて、美味しいものをたくさん食べて、幸せに暮らしていてくれ。そうしていたら、必ずすぐに迎えに行く」

「そんな覚悟で王になれるのか。どうやってお前が逆賊を迎えに来るんだ」

「歩いてくれば良いだろう」

 そう言いつつ、門を出入りする真似をする者乙山君に、呆れた様子でミスは笑う。そんなミスの手を握り、ミスの瞳をじっと見つめる者乙山君。

「そう遠くない未来で必ず迎えに来る。だからどんなに時間が経っても、私を待っていてくれ」

 笑っていてほしい。一輪の花を渡し、去っていく者乙山君。

「待つのではない。私はお前のことをずっと考えているから、私の心の中でお前と一緒に時間を過ごすから、どんなに時間が経っても、私を忘れることだけはするな」

 生きてきてよかった、そう嬉しそうに微笑むミス。そして待つこと数年。者乙山君が成宗として即位して4年の月日が経った頃、成宗の命を受けて官庁に赴くことになる。逆賊の息子ということで臣下に反対を受けるが、成宗はこれを棄却。ついに対面の日がやってくる。者乙山君が王としての貫禄を見せる中、嬉しそうに微笑むミス。者乙山君もまた、そんなミスにこっそりと隠し持っていたお守りを見せるのだった。